ダークレディ

初めまして、茂沢みゃんです。

これは、大学生の時にアイデアを思いつき、書く書かないを繰り返し、15年の歳月をかけて書き上げた作品です。

不定期で1章ずつあげていきます。

意見、感想をお願いします。

それでは始めます。

 

 

ダークレディ


第1章 闇と光


 満月が真上に上る時間帯。眠らない大都会の高層ホテルの屋上に1人の女がいた。闇夜に溶け込むレザースーツに、上に束ねた漆黒の長い髪。冷徹な瞳。腰にしまわれた、細長いたった1つの武器。彼女は夜空を仰ぎ見た――今日も月はあたしの行いを見ている――彼女は目を閉じ深呼吸をすると、手すりにかけてある縄を足と手に絡ませ、逆さ吊りのまま縄を伝って勢いよく下層に降りていった。目的地は21階の一室。近づくにつれてスピードを殺していき、そこに辿り着くと絡めていた手足を解き、ベランダに静かに降り立った。中の者達に気づかれないように気配を断ち、閉まってあるカーテンのわずかな隙間から中の様子を伺うことにした。白のバスローブに身を包んだ中年太りのハゲた男性と、同じ格好をした茶髪の若い女性がベッドの足元に座り、イチャつきながらテレビを見ていた。彼女が狙うのは、男。そして、中の女に気づかれないように実行すること。だとすると、2人が寝静まった後を狙うしかなかった。彼女はじっと待った。

 しかし、間もなく女は席を離れた。シャワーを浴びに行ったのだ。このチャンスを逃さなかった。彼女は実行に移った。一旦ベランダから降り、窓めがけて小さなものをぶつけた。

コン、コン

「ん?」

 男は不審な物音に気づいたが、気にも留めずにテレビを見た。彼女は気づいてもらおうと再び小さなものをぶつけた。

コン、コン

「ん?!」

 さすがに不可解な物音だと思った男は、立ち上がると窓の方に近づき、カーテンを開けた。

「……」

 何も見えないのは当然で、目線を下に向けると、何やら小さいものが落ちていた。男は窓を開け、少し屈んでそれを拾った。

「小石……?」

 それは音が鳴った数だけ落ちていた。すると、視界に黒い足が現れた。

「?!」

 突然の事なので、重い体を起こすのに僅かに時間がかかり、そのせいでその者の顔を見られずに体を半回転され、後ろ手にされ、首をその者の右腕で押さえられて拘束された。男は苦しがった。

「誰……だ……」

 男が抵抗する間もなく、彼女は口に咥えておいた刃渡り15㎝のナイフを左手に構え、手を前に出し、男の前から心臓をひと突きにした。

「?!」

 言葉も出せず、男の口から少しずつ血液が溢れ出し、体の力が抜けていった。彼女は言った。

「ある者に頼まれた。だが、恨むならあたしを恨め」

 自分が刺したナイフから心臓の鼓動が伝わらなくなると、彼女はナイフを抜き、男を仰向けに寝かせた。ベランダに頭が向くように。そして、開いた目を手で覆い閉じた。

「この者に、神の御加護を」

 彼女は縄を伝い、地上に降り、近くに停めてあった黒のバイクに跨がると早々に立ち去った。

 シャワーから上がってきた女は、変わり果てた男の姿に悲鳴を上げた。

「キャー!」――

 午前5時59分。彼女は目覚まし時計が鳴る前に起きる。彼女はベッドから起き上がると、棚に置いてあるナイフと十字架のペンダントに挨拶をした。

「おはよう。お父さん、お母さん」

 彼女は1人暮らし。朝は体力作りのランニングから始まる。マンションから公園。到着すると、公園周りを3周する。息1つ乱さずに走り込む。途中3、4人で歩いている高齢の夫人達を追い抜く。

「あら、おはよう」

「おはようございます」

 公園の中心の芝生に着くと、ストレッチをする。同じく体をほぐしている高齢の老人達とも挨拶する。

「おはようさん」

「おはようございます」

 彼女は日課を終えて家に帰ると、シャワーを浴び、朝食を2人分作る。1人分を食べ終えると白の半袖ブラウスに紺のスカートに着替え、鞄と朝食を乗せたおぼんを持って、下の階に降りた。ちょうど真下の階には1人の50代後半の男性が住んでいる。

「おはよう、マスター」

「Zzz……ん……」

「朝食置いとくね」

「ん……」

「いってきます」

 彼女が部屋を出ると、マスターはようやく目を覚ました。

「そうか……マリラ、今日から新学期か」

 そう言うと、マスターは再び寝入った。

 彼女は自転車に跨り、30分かけて高校に向かう。まだまだ暑い日々。久々の学生生活が始まった。

 今日は始業式。学校の友達に会うのも久しぶり。

「おはよう、藪内さん」

「おはよう」

「藪内、頼む。夏休みの宿題見せてくれ」

「やってないの?! 知らないわよ」

「そんなあ~」

「んふふ、もう、しょうがないなあ」

 他愛のないおしゃべり。同年代のいる環境。彼女が“普通”に戻れるときである。

 ホームルームも終え、午前中で終了する。

「また明日」

「じゃあね」

 自転車を押して、学校を出る。

「今日は天気がいいから、途中まで歩いていこう」

 残暑厳しい新学期。それでも、今日の吹く風はなんだか爽やかだった。信号待ちをしていると、ガードレールにリードを括り付けてある小型犬のトイプードルが大人しくお座りし、一点を見つめていた。目線の先には花屋があり、飼い主らしき女性が花を選んでいる。マリラはその子犬を微笑ましく見ていた。

「偉いね」

 すると目線に気づいたのか、その子犬は立ち上がり、マリラの方に体を向けた。尻尾を振り、目をキラキラさせて、構ってもらうのを待っているかのようだった。マリラはそれを察し、自転車を留めてしゃがみ込み、その子犬の頭を右手で撫でた。

「いい子ね」

「く~ん」

 すると、子犬はマリラのフリーになっている左手に鼻を近づけた。マリラはそっと手を遠ざけた。

「だめよ、こっちの手は」

 そうこうしている内に、飼い主が戻ってきた。

「すみません」

「あ、いいえ。かわいいですね」

「ありがとうございます」

 飼い主はリードを解き、間もなく青に変わった信号を渡っていった。それを見届けると、マリラも自転車を押して信号を渡った。しかし後ろに違和感を覚え、彼女の表情は一気に険しくなった。

「わかるのかな。やっぱ動物だからか?」

 後ろの男が話した。彼女は誰なのかがわかっていた。彼女はその男に話しかけた。いや、話しかけざるを得なかった。

「また勧誘なの?」

「いやいや、たまたま通りかかっただけだよ」

 彼の決まり文句である。お互い信号を渡り切り、彼女は右に、彼は左に歩いて行った。その際彼女は足を留め、後ろを振り返った。彼はそれに気づいたのか、後姿のまま手を振った。夏に似合わない黒のコートに長身の若い男性。目立つどころか、気配が感じられない。

「ナイトメア……」

その夜、とあるビルの地下にある会員制のバーには共通の仕事を持つ者達が酒を飲んだり、食事をしたりしていた。彼らは決して“仲間”ではない。

「それにしても、ここ“ナイトカクテル”っていいところだよね。月5万円の会費で飲み放題、食べ放題。モグモグ……」

「あ~あんたには天国かもね」

 口いっぱいに食べ物を頬張るのは体重100kgを超える巨漢、ノッポ。同じテーブルでその様子を呆れながら見ているのはスレンダー美女、レッド・アイ。そしてもう1人。

「ったく、相変わらずじゃのう。ちょっとは痩せたらどうじゃ」

 別のテーブルに座っているのは最年長で小柄、武英。歳は60代。グレーの髭を生やし、くたびれたコートを着た、いかにもしがない老人。

「無理だよ~。これが僕の生き甲斐なんだ」

「呆れたわ。ダウトもなんか言ってやってよ」

「……俺が言うことでもないだろ」

 そう言ったのは皆に背を向け、カウンター席で1人飲んでいる、ダウト。ダーツの矢を持ちながら、黒い飲み物の入ったグラスを持っている。的には何本か矢が全て中心に刺さっている。そこから少し離れてグラスを磨くバーのマスターの前で飲んでいるのは、

「ところで、ナイトメア」

 レッド・アイが席を立ち、彼の隣に腰掛け、話しかけてきた。

「今日、あの子に会ったそうね」

「ダークレディか」

 レッド・アイは妖艶な指使いで彼の腕から肩にかけて滑らせるように触れていった。すると、武英が話の輪に入った。

「確か、このナイトカクテルに入会させようとしているらしいのう」

「お酒も飲めない、ただのガキじゃない」

 レッド・アイが少し怒りっぽく言った。すると、彼は鼻で笑った。

「君からすると、俺もガキだと思うけどね」

「いやん、その話はしないで」

 レッド・アイは自分の年齢に触れる話題になり、一歩引いた。引いたのは武英も同じだった。

「顔を赤らめる歳でもなかろうが」

 レッド・アイは聞かなかった。ナイトメアは続けた。

「彼女だって、俺達と同じ仕事をしてる。ここの入会条件は揃ってる」

「でもさ」

 レッド・アイが近づいた。

「何でここを作ったの? あなたにメリットなんてないじゃない」

 その言葉にノッポ以外が彼を見た。彼はウイスキーを一口飲んでから語った。

「メリットなんて、そんなこと考えてないよ。ただ、ここを癒しの場にしてもらいたかっただけなんだ」

「そうだよ(モグモグ)。ここは(モグモグ)本当に(モグモグ)いいところだよ(モグモグ)」

「汚いのう、ノッポよ」

「食べるか、喋るかどっちかにしなさいよ。もう」

 ノッポの能天気さに皆が呆れている中、ダウトは矢を構えた。

「で、彼女を入会させる気は?」

 ダウトはナイトメアに向かってそれを放った。彼は指2本で受け取り、

「無論」

 彼はそれを投げ返すと、ダウトの先にある的の中心に命中させた。